「パソコンに詳しいから」とIT担当を引き継いだ。前任者は今週で辞める、あるいはもういない。引き継ぎ書は数行で、何から手を付ければよいか分からない。そういう人へ。
最初の1週間でやるのは、直すことでも良くすることでもなく、「期限」と「鍵」の所在を突き止めることだけです。 会社のITが止まる原因のほとんどは故障ではなく、誰も知らなかった期限切れと、誰も入れない管理画面です。読み終えると、1日目・3日目・1週間でやることが決まり、記入式の台帳1枚と、前任者・業者・社長へ送る文面が手に入ります。
- この記事で出来ること
- 止まると困る物10個の期限と鍵の所在を台帳1枚にまとめ、社長に3行で報告できる
- 前提
- 専門知識は不要。前任者が在職中なら、最終出社日より前に始める
- 所要時間
- 1日目に2時間、3日目までに半日、1週間の合計で1〜2日分
先に結論:私ならこう進めます
- 1日目: 止まると困る物10個について、期限と、ログイン情報の所在だけを確かめる。設定は見ない。
- 3日目まで: 管理者として自分でも入れる状態にする。前任者のアカウントは消さずに止める。
- 1週間: 台帳1枚にまとめ、社長に3行で報告する。
- やらない: 構成を変える。業者の提案にその場で乗る。
目次(8)
1. 1日目:止まると困る物の「期限」と「鍵の所在」
下の10個を、上から順に。分からない欄は空けたまま進み、「分からない」と分かったことを成果にします。
| # | 物 | 確かめること | 手がかり |
|---|---|---|---|
| 1 | ドメイン | 期限、登録事業者、名義、通知先のアドレス | 登録データ検索(lookup.icann.org/JPRS WHOIS)、請求書 |
| 2 | サーバ(サイト) | 契約先、期限、支払い方法 | カード明細、事業者からのメール |
| 3 | メール | どの事業者か、管理者は誰か | dig +short example.com MX |
| 4 | グループウェア(Microsoft 365/Google Workspace) | 管理者の権限を持つのは誰か。何人いるか | 管理画面の管理者ロールの一覧 |
| 5 | インターネット回線・プロバイダ | 契約者名、問い合わせ番号、ルーターの管理画面の鍵 | 請求書、機器のラベル |
| 6 | 複合機 | 保守の連絡先、リース満了日、管理者パスワード | 本体のシール、リース契約書 |
| 7 | NAS・ファイルサーバ | 管理者の鍵、保証・保守の期限 | 管理画面、購入時の書類 |
| 8 | バックアップ | どこへ、いつ、最後に成功したのはいつか | バックアップの画面の履歴 |
| 9 | ライセンス(会計・CAD・ウイルス対策など) | 更新日、契約者のアカウント | 更新の通知メール、明細 |
| 10 | パスワードの記録場所 | 前任者はどこに記録していたか | 本人に聞く。個人のブラウザやスマホの中なら要注意 |
3番のメールの事業者は、「このドメインあてのメールをどこへ届けるか」を書いた行(MXレコード)を見れば分かります。見るだけで、何も変わりません。Macならターミナルで下の1行、Windowsなら nslookup -type=MX example.com。コマンドを打たないなら、ブラウザで Google Admin Toolbox の Dig(toolbox.googleapps.com/apps/dig/)を開き、ドメイン名を入れて MX を押します。このサイト(it-techo.com)の例です。
$ dig +short it-techo.com MX
45 route3.mx.cloudflare.net.
11 route1.mx.cloudflare.net.
95 route2.mx.cloudflare.net.
答えに入っている名前(ここでは cloudflare)が、メールを受けている事業者です。outlook.com なら Microsoft 365、google.com なら Google Workspace、レンタルサーバー会社の名前ならサーバ付属のメールです。
私が1日目に必ず見るのは4番と10番です。 理由は、この2つだけが前任者の退職と同時に失われうるからです。よくあるのは、グループウェアの管理者が前任者1人だけ、しかも2要素認証が前任者の個人のスマホに結び付いている形です。退職の翌月、新入社員のアカウントを作ろうとして初めて、誰も管理画面に入れないことに気づきます。パソコンも同じで、ディスクが暗号化されていて回復キーの所在が分からなければ、パスワードを知る人がいなくなった時点で中のデータは取り出せません。
前任者が在職中なら、今日これを送ります。
件名:IT関連の引き継ぎのお願い(30分ください)
○○さん
お忙しいところすみません。最終出社日までに、下の点だけ教えてください。
設定の中身の説明は要りません。「どこに何があるか」だけで十分です。
1. 管理者としてログインしている先の一覧(ドメイン、サーバ、メール、
グループウェア、ルーター、複合機、NAS、バックアップ、各種ライセンス)
2. それぞれのIDとパスワードの記録場所。2要素認証がどの端末に入っているか
3. ○○さん個人のメールアドレス・カード・スマホで登録している物があるか
4. 困ったときに連絡している業者と担当者の名前
5. 「これは触らないほうがいい」と思っている物
一緒に画面を見ながら、私のアカウントにも管理者権限を付けてもらえると助かります。
すでに退職しているなら、同じ内容を短くして送ります。ただし、退職した人に協力する義務はありません。1回だけ丁寧に頼み、返事が無ければ、各サービスの事業者へ「管理者が退職してログインできない。会社として再設定する手続きと必要書類を教えてほしい」と問い合わせます(文面は 制作会社と連絡が取れなくなったとき の3節を、委託先を前任者に読み替えて使えます)。責める文面にしないこと。返事が来る見込みを自分で下げるだけです。
2. 3日目まで:自分でも入れる状態にする
| やること | 理由 |
|---|---|
| グループウェアに、自分の管理者アカウントを足す。管理者は2人以上にする | 1人しか入れない状態が事故の元。その1人が辞める、スマホを失くす、で誰も入れなくなる |
| ドメイン・サーバの通知先に、担当が替わっても読める共有アドレスを足す | 更新の通知が退職者の受信箱で止まるのを防ぐ |
| 前任者の個人アドレス・個人カードで登録された物を、会社の物に替える手続きを始める | 本人がいるうちでないと、本人確認が通らない |
| 2要素認証を、自分の端末にも登録する。回復用コードを控える | 前任者のスマホと一緒に鍵が消える |
| 鍵をパスワード管理の仕組みに入れる | 次の引き継ぎを、自分が同じ目に遭わせない |
前任者のアカウントは、消さずに止めます。 パスワードを変えてサインインを止め、メールは転送か共有に切り替え、削除は後日です。消すと、その人が持ち主だったファイル、その人のアカウントで動いていた自動処理、その人宛てに届く更新通知が一緒に消えます。順番と戻せる日数は次の記事に書きました。
→ 退職者のアカウント、消す前に止める。最終出社日にやる順番 / パスワード管理と2要素認証の進め方
バックアップは、画面の「成功」を信じず、ファイルを1つ実際に戻してみます。 前任者がいなくなった後で「戻せないバックアップだった」と分かっても、聞ける相手がいません。
3. 戻し方:取り返しのつかない操作はどれか
| 操作 | 戻せるか |
|---|---|
| 管理者を足す、通知先を足す | 戻せる。足すだけなら何も壊れない |
| アカウントのサインインを止める | 戻せる。止めたのを解除するだけ |
| パスワードを変える | 戻せないが害は小さい。ただし、そのアカウントで動いている機器や自動処理が止まることがある(複合機のスキャン送信、バックアップの保存先など)。変える前に、何がそのアカウントを使っているかを聞く |
| アカウントを削除する | 期間内なら復元できるサービスが多いが、期間は事業者しだい。最初の1週間ではやらない |
| 契約を解約する、機器を初期化する | 戻せない |
| ルーター・NASの設定を変える | 変える前の設定を書き出していれば戻せる。書き出していなければ戻せない |
足すのはよい、止めるのもよい、消すのと替えるのは来月。これが1週間の線引きです。
4. やらなくていいこと
いきなり構成を変えない。 引き継いだ直後は、古い機器や不思議な設定が目に付きます。でも、なぜそうなっているかを知らないうちに直すと、理由があった設定を壊します。私は、引き継いで1か月は、台帳に「気になる点」として書くだけにします。
業者の提案に、その場で乗らない。 担当が替わったと知ると、「この機会にサーバを」「NASが古いので」という提案が来ます。善意のことも多いのですが、いまの自分には要るかどうかを判断する材料がありません。こう返します。
ご提案ありがとうございます。担当を引き継いだばかりで、現状の把握を先に進めています。
月 日以降にあらためて検討しますので、下の3点を書面でいただけますか。
1. いまの構成のままだと、いつ、何が起きるのか(保守期限などの日付つきで)
2. 見積もりの内訳(機器、作業、月額を分けて)
3. 入れ替えない場合に、最低限やっておくべきこと
3に答えてくれる業者は、長く付き合える業者です。
全部のパスワードを一斉に変えない。 気持ちは分かりますが、3節のとおり、何が止まるか分からない状態でやる作業ではありません。変えるのは、前任者個人が知っている管理者の鍵からで、1つずつ、業務時間中に、止まったらすぐ気づける形でやります。
勧めないのは、「前任者に聞けばいい」を当てにして台帳を後回しにすることです。 退職後に連絡がつくのは、せいぜい最初の数週間です。
5. 1週間:台帳1枚にまとめる
表計算ソフトで1枚。凝った様式は要りません。
| 物 | 契約先 | 契約の名義 | 期限・更新日 | 支払い方法 | 管理画面のURL | 鍵の記録場所 | 管理者(2人) | 通知先 | 困ったときの連絡先 | 気になる点 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ドメイン | ||||||||||
| サーバ | ||||||||||
| メール | ||||||||||
| グループウェア | ||||||||||
| 回線・ルーター | ||||||||||
| 複合機 | ||||||||||
| NAS・ファイルサーバ | ||||||||||
| バックアップ | ||||||||||
| ライセンス(1行ずつ) |
パスワードそのものは台帳に書きません。書くのは「どこに記録してあるか」だけです。期限の列は、いちばん近い日付を自分の予定表にも入れます。
名義の列が制作会社や前任者個人になっている物が見つかったら、それが次の仕事です。
→ 自社のドメインなのに名義が制作会社だった / 制作会社と連絡が取れなくなったとき
6. 社長への報告の型(3行)
1. 把握できたこと:止まると困る物10個のうち 個は、期限と管理者を確認し、私も入れる状態にしました。
2. 把握できていないこと:(例:ルーターの管理画面、会計ソフトの契約者)は鍵の所在が不明です。 月 日までに事業者へ問い合わせます。
3. お願い:直近の期限は(物)の 月 日です。名義が(前任者個人/制作会社)の物が 件あり、会社名義へ替える手続きにご協力ください。
2を隠さないでください。「分からない物がある」と最初の週に言えるのは、引き継いだ直後だけです。
7. 確認表
| # | 確認すること | 済 |
|---|---|---|
| 1 | 10個の物について、期限と鍵の所在を確かめた(分からない物は「不明」と書いた) | □ |
| 2 | グループウェアの管理者が2人以上いて、その1人が自分 | □ |
| 3 | 2要素認証が前任者の端末だけに結び付いた物が無い | □ |
| 4 | 前任者の個人アドレス・個人カードで登録された物を洗い出した | □ |
| 5 | ドメイン・サーバの通知先に、共有のアドレスを足した | □ |
| 6 | 前任者のアカウントは、消さずに止めた | □ |
| 7 | バックアップから、ファイルを1つ戻してみた | □ |
| 8 | 台帳1枚を作り、いちばん近い期限を予定表に入れた | □ |
| 9 | 社長に3行で報告した | □ |
| 10 | 構成の変更と業者の提案は、来月以降に回した | □ |
出典(取得日: 2026-09-20)
1日目・3日目・1週間の区切り、「1か月は構成を変えない」は、規格や公式の定めではなく筆者の実務上の目安です。
- Microsoft Learn「Microsoft 365 から元従業員を削除してデータをセキュリティで保護する」 https://learn.microsoft.com/ja-jp/microsoft-365/admin/add-users/remove-former-employee
- Google Workspace 管理者ヘルプ(ユーザーを一時的に停止する) https://knowledge.workspace.google.com/admin/users/suspend-a-user-temporarily?hl=ja